銀座の街角に眠る記憶

時間になるとSEIKOのチャイムが鳴る。すると内部にバラやシトラスの香りがふわりと漂い出す。電話をかけに訪れた人、偶然通りかかった人、その一瞬だけ彼らは五感のスイッチを押される。銀座にしかない、ささやかな魔法だった。
仕掛け人は、地元企業と町会の有志。街を美しく、そして文化的に演出しようという試みのひとつだ。携帯電話が普及する前の時代、街のインフラに“香り”を忍ばせる発想は大胆で、そしてエレガントでもあった。思えば銀座は、視覚と聴覚、そして味覚に彩られてきた街だ。けれど嗅覚に働きかける仕掛けは、そう多くはない。だからこそ、この電話ボックスは記憶に強く残っている。都市を体験するということの、もうひとつの可能性を示していたのだ。

今、その香りはもう漂わない。残されたのは沈黙したモダンな電話ボックス。しかし、過ぎ去った香りの記憶は、この街がかつて夢見た「ロマンティックな銀座」の余韻として生き続けている。街を歩くとき、見過ごしてしまいそうなディテールにこそ、銀座の本質は宿る。資生堂前の電話ボックスは、その小さな証人なのだ。
香りの電話ボックス
銀座らしいおもてなしの精神は、現代の街づくりにおいても見習うべき点が多い。資生堂前の電話ボックスを通りかかった際には、かつてそこから漂っていたバラやシトラスの香りを想像しながら銀座の奥深い文化を感じてみてほしい。

住所:東京都中央区銀座7−6−16
執筆:ginzaboy
Photo:ギンザプロデュース24
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